こんにちは♪YUME♡miyakoです。
私の読書好きも、勉強好きも祖母の影響を強く受けています。
私は典型的なおばあちゃん子です(^^♪
祖母がいなければ、今の私は存在していないでしょう。それほど、祖母から愛され、私も祖母を慕っていました。
私の実家は親族で事業をしており、家族全員(祖母も含め)大変忙しく働いている家族でした。祖母、両親、叔父叔母、そして従業員の人たち、と大人の中で育ちました。
祖母も忙しくしておりましたが、一日中、私との時間を作ってくれる祖母でした。
もう記憶にないほど幼い頃からで、いつもおんぶ紐で祖母の背中に背負われて、お顔を祖母の肩に乗せていたと聞きました(^-^)
祖母は、昔の分厚くて、難しい漢字がびっしり並んだ新聞を隅から隅まで熟読し、社説や論説を幼い私に話して教えてくれました。
祖母は地元の女学校で一番の成績だったそうですが、なんといっても明治生まれの女性ですから、女性が学問に精を出すなど、認められない時代を生きてきました。
それでも、知識欲は押さえられなかったようで、数え切れないほどの本を読んでいました。
私が流行りのエッセイ本を読んでいると、「そんなつまらない本など読まないで、純文学を読みなさい」とたしなめられました^_^;
祖母は、第二次世界大戦で大阪大空襲を何度も何度も体験していて、その時の恐怖をリアルに日々、寝物語として話してくれました。
防空壕に逃げ込んだけれど、B29の爆撃が止まなかったこと、母が疎開した話、窓ガラスが爆撃で飛び散らないようにテープで格子状に補強していた話などなど・・・・
毎晩、毎晩、祖母の大阪大空襲の話は尽きませんでした。
そして沖縄が、唯一の本土決戦の地となり、どれほど多くの市民が自決したか、ということや、ひめゆり部隊の話など、幼い私にはそれが本当にあったことなの?と思えるような現実離れした話でした。
その後、学校で「はだしのゲン」を読んだり、広島を訪れたり、映画「火垂るの墓」を見たりすると、祖母の話してくれたことが、現実味を持って私の心に迫ってたのです。
大阪大空襲の話は、毎晩聞いていると、まるで自分が経験したことのように記憶がすり替えられていき、絶対に二度と戦争を起こしてはならない、核兵器を使用してはならない、と強く思うようになりました。
明治、大正、昭和、そして平成と生き抜いた祖母は、ひ孫たちに囲まれて天寿を全うしました。
もちろん、私は戦争を知りません。
しかし、映画や書物ではなく、経験者である祖母を語り部として日々聞いていた事実から第二次世界大戦を知っています。
祖母は、右や左と言った偏った思想を持った女性ではありません。
いつも、自分の頭で考え、芯を持って生きた強く賢明な明治の女性です。
私は、おそらく生きているうちに祖母を超えることはないでしょう。
生きるか死ぬかの修羅場を生き抜いたことなどない私には、祖母の生きる知恵や人生の学びを超えることはできないからです。
凛としていた祖母。
優しく、厳しく、無償の愛で私を育ててくれたおばあちゃん。
私は、祖母のようなおばあちゃんになれるだろうか?
自分の歩んだ人生を誇らしく孫たちに伝えられるだろうか?
そんなことをよく考えます。
学ぶことは、学校へ行かなくてもできます。
日々の社会で、世界で起きている出来事に対して、自分の考えをしっかりと持ち、それを人に伝えていくことができるように、一生懸命生きていきたいと思います。
そうやって、祖母から母へ、母から子へ、子から孫へ、時代はつながっていくのです。
戦争のない平和な世界を祈りますが、現在ウクライナで起きている出来事に思いを馳せた時、悲しい歴史がなぜ繰り返されるのか、人間の愚かさに辟易します。
祖母はもうこの世にはいませんが、私の心の中に永遠に生き続け、応援し続けてくれています(^_-)-☆
今日はこのへんで(#^.^#) ごきげんよう♬